住めばジュネーブ

英語もままならないアラサー女が突然ジュネーブに赴任。その奮闘(できてない様子)の記録(2012年6月~2014年4月)。私の思い出のためと、次にジュネーブに来る誰かの参考のために残しておきます。コメントは今でも歓迎です。

いつも前向きに。

こっちの人の前向きさ加減はすごいと思う。
西洋がそうなのか、国際機関の人がそうなのかわかんないけれど、くよくよしたり、愚痴こぼしたり、あんまりしないみたい。あと病んでる人も(日本ではあんなにたくさんいるのに)ほとんどいない。

「悲観は感情・楽観は意志」という言葉をよく思い出すけれど、楽観と言っても「なんとかなるよ〜」って観てるだけじゃなくて、「まだ手はある、次はこうしてみよう」って具体的な行動を伴った前向きさ。
仕事じゃなくてもそう。そしてそういう人ばっかり。
私の周りだけ?そうじゃないと国際機関では生き残っていけないのかなあ。

もちろんすばらしいと思うし、元気なときはどんどんそうやって進んでいけばいいけれど、執拗に前向きを強要される環境の中で一度弱ってしまうととことん追い込まれそうだなあと思う。

人それぞれ前向きと後ろ向きのちょうどいいバランスがあって、私のそれよりも、彼らのは極端に前向きなほうに傾いていると思うんだ。

とは言うものの、日本だろうとどこだろうと後ろ向きよりは前向きのほうがいいに決まってるし、私はそもそも日本平均もはるかに下回る前向きレベルなので、もうちょっと感化されないとね!彼らが諦める5手くらい前ですでに「もうやめていいんじゃない(´∀`)」って諦めてるよ!


これにつながるのか関係ないのか自分でもよくわかんないけれど、私が突発性難聴になったときの周囲の人の反応の違いから、こっちの人は日本よりも「心の弱さ」に対する許容度が低いのかもしれないと思った。前向き文化圏だから。

日本では何か不調があるとすぐ「疲れが出たんでしょう」「ストレスがたまってるんでしょう」という反応をされがちだけれど、こっちの人はみんな「感染症?」「食べ物?」「寒さ?」とまず外的要因を疑う。
(但し私の仕事ぶりから「この人に限ってストレスってことはあり得まい」と判断されている可能性もあります。)

ストレスかな、という流れのときも「ストレス?」とは言わないで、「最近睡眠足りてる?」とか「独り暮らしは家事が大変?」という感じで、情緒面には触れてこない。
(但し私の暮らしぶりから「この人は生活面がいかにもダメそうだな」と思われている可能性もあります。)

もしかしたらこっちではよっぽどの仲でない限り「ストレスをためている」と言うことは恥ずかしいことで、「ストレスじゃないの?」と他人に聞くのは相手を心の弱い人扱いしている、失礼な行為なのではないかと思った。いや、全くの想像だけども。
(そもそも私の英語力の低さから「ストレスとか言ってもこいつ意味わかんないかも」と思われている可能性もあります)

もちろん日本でも全然親しくない人に「私ストレスがすごいの!」って訴えても「ふ、ふーん、そうなんだ」って痛い人扱いされるだけなので、これも程度の差。


ちなみに私の耳は今は治ってて、再発もしてません!お騒がせしました。
本当に原因はわかんなくて(そもそも突発性難聴はそういうもの)、ストレスかもしれないしウィルスかもしれないし、ほんとに何とも言えない。

病気になるのは確かに自己管理ができていないからだけれど、じゃあ何の管理を反省すればいいのかわかんないのが困る。

ストレスだとしても、無意識のストレスなんて管理できないし、仕事のストレスがあるからといって仕事行かないわけにいかないし、何も気をつけようがない。普通にしてるしか。

ウィルスだとしても何のウィルスだかわかんないから何に気をつけていいかわかんないし。とりあえず枕カバーは洗濯してみた(笑)

ここで前向きな西洋人ならどういう解決策を示してくるかなあと脳内会議。
「仕事やめてみたら?僕が養ってストレスフリーな生活をさせてあげるよ!」
なーんて言ってくれたりしないかな、と一瞬思ったけど、
「治って再発してないならそのまま普通にしてればいいじゃん!いつまでもそんなこと考えてないで新しい単語の一つでも覚えろよ!」
と至極もっともな回答が来るだろうと判断。はい。そうします。