住めばジュネーブ

英語もままならないアラサー女が突然ジュネーブに赴任。その奮闘(できてない様子)の記録(2012年6月~2014年4月)。私の思い出のためと、次にジュネーブに来る誰かの参考のために残しておきます。コメントは今でも歓迎です。

何度も書いてるけれど、また英語の話。

こっちで働いてる日本人が集まるとよく出る話題は、日本の国際社会での影響力の低下です。もちろん女史会での話題にもなりました。経済がどうのというのもあるけれど、国際機関に出てきている日本人が少なすぎる、ってみんな言います。
(出てきてるのが私みたいなのでもどうかとは思うけどそれは棚に上げます。以下、「お前が言うな」禁止です…返す言葉もございませんので)

出張でインド行ってみて思ったのは、みんなが当たり前に英語ができるってすごく大事なんだということです。
インドは母国語じゃないのにある一定層以上はほとんど英語しゃべれます。発音はむちゃくちゃで早口だけど、それは大した問題ではないと思います。とりあえず自分の思ってることを何でも言えて、相手の言うことが聞き取れる。

で、それが前提になった上で、その中から海外に行きたいって人が行ってるんですよね。
日本みたいに、高校や大学でちょっと英語得意だから国際的な仕事がしたいです、みたいなのとは、母集団の層の厚さが全然違います(そこにそもそも国の人口という母集団の大きさもプラス)。

英語できる「だけの」人でもいいからとにかく出てきて絶対数を増やしてほしいという意見もあるし、現状ではそれもそうだけど、そもそも英語ができるだけで海外行けると思っちゃうくらい英語ができる人が少ないっていうのはゆゆしき事態ですよね。

帰国子女で英語できるからって簡単に留学して海外で完全にダメになっちゃってる人を実際に知っているので、英語ができることが特別なことでなくなれば、そういう考えの人もいなくなるだろうか、とか思ったりするのです。


理想では、高校くらいで進路決める時点で全員英語できるのが前提で、その中で国際交渉とか研究とか貿易とか何でもいいから得意なことがある人こそが海外に出ていけるように、日本もなったらいいのにと思います。

私も前は「社内英語化とか変なの、日本人同士なのに」「子供に英語教える前に日本語ちゃんと教えろよ」なんて思ってるほうだったのですが、そんなこと言ってる場合じゃないと思うようになりました。

インドは州にもよりますが、学校で英語以外の授業も英語でやるそうです。それでもヒンドゥー語は生きてますので、日本も少々学校で日本語しゃべらないくらい、平気です。というか国語の授業あっても日本語は乱れてるし。
すでに日本でも小学校で英語が必修化されているそうですが、そのまま段階的にインドみたいになったらいいのになあと思います。
私も子供が生まれたら(予定ないけど)、英語だけはちゃんとしゃべれるようにしたいと思います。その前に自分だけど。

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